『佐野元春のソングライターズ』 キリンジ part2

part2は、キリンジがこのために作った16小節の曲を事前にWEBで公開して、聴講生たちが詞をつけるというワークショップ。まさにキリンジ節といえる世にも美しいメロディーなので、印象的な風景を切り取ったり、恋しい思いを言葉にする学生が多い(中には、キリンジも佐野さんも気づかないダブルミーニングを仕掛けたユニークな詞もあったが)。

普段から聴いてるだけあって、みなさんどこかキリンジっぽいというか、「ありそう」な詞をつけているんだけど、最後に、キリンジの兄のほう・高樹がつけた詞が披露されると、さすがにアッと言わせるものだった。

  タイトル: 『ファの音』
 目をそらさないで
 ピアノ 夜はダメさ
 その右手の人差し指で触れた
 ファの音が深く沈む

青々しい学生ふぜいにはとても書けそうにないアダルトな詞をさらりと繰り出してくる兄がニクいぜ。「穏やかなメロディーなので、ちょっと緊張感のある詞を乗せると、その対比が面白いんじゃないかと思って」ですって。そう、この緊張感。濃密な空気。「男女なのか親子なのかわかりませんがふたりの人がいて」と説明してたけど、私なんか、「なんていやらしいの〜!! 弾いてるほうはMね!」としか思えませんから! ハァハァ。

その後、学生からの質問コーナーになり、「詞を書いていて行き詰まったときはどうしますか」と聞かれての

弟: ファミレスに行くなど、場所を変えてみたり。1回の長いトライをするんじゃなく、短いトライを繰り返す感じ
兄: 散漫に集中する。掃除をするなど、雑事をしながらボヤーッと考えてると閃いたりする。

という二人の答えはよく似ていて、糸井重里がコピーを考えるときのやり方を語っていたのにも通じるところがあるし、(同列に並べるのは不遜で恥ずかしいけれども)前職のころの自分の仕事を思い出してみても自然とそういうふうにしていたので何だかうれしかったのだが、何よりも最後の「自分たちの歌をどんな人に聴いてもらいたいか?」という質問に対する答えが印象的。

「自己完結したいわけではなく、あくまで他者なんだけれど」という前提のもと、弟・泰行は、

昔の自分みたいな、ちょっといじけた人に届いたら。

と答えるのだ。先週のブログに「キリンジの音楽を聴いていると『壁と卵』でいう卵の側に立つ人たちだと思う」と書いたのだが、この答えはその“我が意を得たり”という感があってなんかじんときた。「解釈に幅があるのはいいが、刺激的だったり斬新なばかりではなく、10人いたら7人ぐらいの人がわかるような表現になるよう、初期のころと比べると書き方を変えている」と言う兄といい、世界に対して“開いて”いようとする意志があるんだなと思う。

ずっと音楽にしか接していなくて、初めてしゃべることを聴いたらこんなにも素敵だったんで、なんだか長い歳月の恋心が報われたような気持ち笑。初めてキリンジについてこんなにいろいろ書けたのもうれしかった。