『坂の上の雲』第3回「国家鳴動」

香川照之が上手い役者であることはもちろん知っていたが、こんなに泣かされる日がこようとは・・・。作り込むタイプの演技がちょっと苦手だなーと思うこともあったのだ。しかし、正岡子規。これが今までのところ、私にとっての香川照之のベストであることはもう間違いない! 

大げさに泣いたり叫んだりするところで泣けるんじゃない。明るくて友人も多い子規は、野球のシーンに代表されるようにおどけたところもたくさん見せるが、そんな彼が見せる折々の表情!

前回で言うと、モックンが予備門を退学して海軍に行ったことをしる手紙を読んだあとがそうだし、この第3回では、療養のため東京から松山に帰り、実家の門前で明るい表情を作ってから入っていくところ。また、見舞いに訪れたモックンとの3年ぶりの再会の瞬間に見せる、「久しぶりだ、うれしい」とか「淳さん、すっかり立派になって」とか「俺はここでくすぶってるのに」とか、もういろーんな感情がよみとれる複雑な泣き笑いのような顔。うますぎる。そのうまさを信頼して、多くを語らせない脚本もいい。

もちろん、脚本にもいいところはいっぱいある。

「3年ぶりに会った淳さん(モックン)は・・・」 たいそう立派になっていた、と続けようとした瞬間に激しく結核の咳をする香川照之を見て、「悪相になっとった」と咄嗟に言い換える菅野美穂

堂々と薩摩弁でしゃべる東郷平八郎。当時、薩摩の門閥はたいした強さだったろうから、その方言で喋ることなんて恥ずかしくもなんともないってことよね。

お見合いの席での松たか子と阿部ちゃんのやりとり。「まだ、お茶碗はひとつですか?」 「いや、今は母がいるのでふたつ・・・。もうひとつ、あってもええかもしれません」 ぎゃーーーー萌え死ぬ!

てか、阿部ちゃんのフェロモンがすごすぎる。勇敢で無骨で知性もあって、なのに松たか子を前にしての姿がかわいすぎる。見合相手を知らされないまま人力車に乗りながら、(でもこの道って松たか子の家への・・・?)ていう慌て顔とか、もう挙動不審すぎてやばい。ちなみにそのときの洋装はどこのお日様ハイムの人だ。

婚礼の場面が、モノクロの無声映画みたいになってるところもよかった。陸軍の同期たちが「全滅!」て騒ぐとことか。それにしても的場浩司は、「篤姫」のときと役回りがそっくりすぎるんじゃないか・・・。結婚しないしないとか言ってたくせに、「おひい様」と呼んでひれ伏していた松たか子を相手に、電光石火で(?)子供を作ってるところも良かった。死を覚悟しての出征と悟り、「必ず戻ってきて下さい!」と叫ぶ臨月の松さんを、目で殺せるほどじっと見つめて、でも安易に「わかった」とか言わないところも・・・。だめだー阿部ちゃんに対してこんなに煩悩を覚える予定なんてなかったのに!!!

ふう、カームダウン、カームダウン、俺。

この回のもうひとつの見せ場は、日清戦争開戦までの道のり。いきなり上の人間だけで巨頭会談みたいなのが始まったのには最初ポカーンとしてしまったが、たちまち引き込まれてしまった。

加藤剛のオーラといったらどうだ。悩める総理大臣、陸軍に押し切られそうになり、しかし決して心の折れない、戦う政治家、伊藤博文。なんてぴったりなんだ。朝鮮半島をめぐっての開戦にこんなに懐疑的だった彼が、のちに彼の地で暗殺されるという運命や、「もうこのころから暴走気味だったのか陸軍!」というような描写とか、このあたりについてあまり知識がないこともあり、非常に興味深く見た。

しかし、カミソリ大臣、白皙の美貌とうたわれた陸奥宗光大杉漣ってのはどうなのよ。ちょっと吹いたじゃないか。役所広司あたりで見たかったものだ・・・。ま、彼にしては端役すぎるのか。鹿賀丈史とか、草刈正雄とかさー。そのあたりでさー。

陸羯南が出てくるドラマなんて初めて見た。佐野史郎って、いつのまにちょっと格が落ちてしまったんだろう。あと、小沢征悦さんの夏目金之助は健康そのもので、とても神経症には見えない。

ナレーションで読み上げられる原文を聞いてると、司馬遼太郎の文章って、あらためて、なんていいんだろうと思う。簡明で、しかしハッとするような言い回しがあったりして、自信にみちていて、「司馬史観」なんてのがこうまで流通したのも、この文体によるところが絶対あると思う。