『花はさくら木』 辻原登

花はさくら木 (朝日文庫)

花はさくら木 (朝日文庫)

時代小説にもいろんな書き手がいるけど、この人の軽やかな書きぶりは好き。わざと時代考証をゆるめに書いてる作者って結構いるもので、読んでてそこにどうしても引っかかる書き手もちらほらいるんだけど(たとえば宮本昌孝とか居眠りいわねの人とか・・・)、この人のゆるさは素直に受け容れられる。

この小説もかなり長編なんだけど、飽きずにするりと読めた。経済問題を詳しく取り扱いながらも主旋律がとても清らかなのは、この人が書く現代小説と同じ。主要人物たちのきわめてさわやかなのも、5月くらいの風が吹いているように心地よい。それに、さらっと書いているけど、歴史についても相当に造詣が深いのもよくわかる。

それでも、どこかなにかが足りない気がする。大佛次郎賞の受賞作というのだから、当然、評価もされているのだろうけど・・・この作風は維持してもらいながら、何かもう一歩踏み込んだものを書いて欲しいなーと勝手に思ったのでした。

私がこの作家を知ったのは、私が大学生の頃に日経新聞で連載していた現代小説「発熱」で、経済小説っぽいものはほとんど初めて読んだのですごく興奮したのを覚えているが(それに官能的な部分もすごく素敵なんだよねーこの小説は。)、今月から同じく日経新聞で連載してますね、今度は時代小説を。

そのタイトルは「韃靼の馬」。この「花はさくら木」でも、江戸時代における朝鮮通信使や、その接待や交渉に直接あたっていた対馬藩が登場するのだけど、今回の連載でもかなり大きく扱っているようだ。このあたりの歴史について詳しく書く小説にはあまりお目にかかったことが無いのでなかなか興味深いし、作者のライフワーク的なものなら、とても価値あるものじゃないかと思う。

それにしても、田沼意次といえば、従来は賄賂政治家というか、悪役的なイメージがかなり強かったように思うけど、池波正太郎剣客商売)といいこの人といい、非常に好人物として描いているのも興味深いですね。歴史の研究がすすむにつれ、政治家としての評価が高まっているというのは聞いたことあるけど、剣客商売なんて、かなり前に書かれているものだしねえ。